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2019.01.16
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2019.01.16
小学生の時には誰もが「ぎょう虫検査」を経験しますね。セロハンの検査シートを肛門に強く接触させてから剥(は)がし、それを提出します。ぎょう虫がおなかにいないか、寄生されていないかをチェックする検査ですが、子供からすると検便と同じぐらい「恥ずかしい」ものだったのではないでしょうか。実は、このぎょう虫検査は現在では廃止されているのをご存じですか?
検査の時に先生から説明を受けたはずですが、その説明を今も覚えている人は少ないでしょう。ですので、まずぎょう虫についてご紹介します。
ぎょう虫は人間を宿主とする寄生虫の一種で、主に盲腸に寄生します。数が増えると大腸にも住むようになります。産卵時期になると、ぎょう虫のメスは腸内を移動し、肛門の外に出て卵を産みます。産卵を終えたメスは死にますが、一度の産卵で7000-1万個もの卵を産むのです。
この産卵が人間に悪影響をもたらします。メスの尾はピンのようにとがっています。この尾を体を支える柱のように使って産卵するため、とがった部分が皮膚を刺激して肛門の周囲が「かゆく」なってしまいます。かくために人間が肛門の周囲を触ると、指などに卵が付着。その指であちこち触れるため、体の各部だけでなく、夜具などにも卵が拡散します。指を口に入れたりして卵が腸内にまで至ると、また寄生されるというわけです。
ぎょう虫には以下のような害があります。
また、ぎょう虫がほかの内臓組織に侵入した場合には深刻な症状が現れることもあるようです。
ぎょう虫検査は法律によって行うものと決まっていました。
そもそも『学校保健安全法』(1958年(昭和33年))は義務教育を受ける学童に健康診断を行うものと定めています。健康診断の検査項目で何を行うかは「学校保健安全法施行規則」で決まっているのですが、その中では以下のようになっていました(1958年)。
【児童生徒等の健康診断】
1.身長、体重及び座高
2.栄養状態
3.脊柱及び胸郭の疾病及び異常の有無
4.視力及び聴力
5.眼の疾病及び異常の有無
6.耳鼻咽頭疾患及び皮膚疾患の有無
7.歯及び口腔の疾病及び異常の有無
8.結核の有無
9.心臓の疾病及び異常の有無
10.尿
11.寄生虫卵の有無
12.その他の疾病及び異常の有無
上記の「11」が「ぎょう虫検査」に当たります。この法律上の決まりによって、ぎょう虫検査は、幼稚園・小学校低学年の児童を対象に行われてきたのです。
「行われてきた」と過去形で書いたのは、「学校保健安全法施行規則」が改訂され、2015年(平成27年)度を最後にぎょう虫検査が全国一律に行われることはなくなったためです。ちなみにこの改訂によって「座高測定」も廃止となっています(正確には「必要項目ではなくなった」です)。
⇒データ出典:『文部科学省』「学校保健安全法施行規則の一部改正等について(通知)」
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1347724.htm
では、ぎょう虫検査はなぜ法律で義務付けられなくなったのでしょうか? 『MYメディカルクリニック』院長の笹倉渉医師にお話を伺いました。
ーーぎょう虫検査は55年もの歴史がある検査なんですね。
笹倉医師 『東京都予防医学協会健診検査部』の大野直子先生の「寄生虫検査(学校保健分野)の実施成績」によると、「セロハンテープ(ピンテープ)法によるぎょう虫卵検査を1959年より開始し、その年の検査数は2万1,247件であった」そうです。
その当時のデータを参照すると、
1959年(昭和34年) 寄生虫卵保有率:21.6%
となっています。糞便検査による調査はさらに前から行われていますが、それによると、
1949年(昭和24年) 寄生虫卵保有率:72.0%
です。昭和20年代は日本国民の7-8割が寄生虫卵を保有していたという話もありますが、それを裏付ける数字ですね。当時が寄生虫症は大きな問題だったわけです。
⇒データ出典:『東京都予防医学協会健診検査部』「寄生虫検査(学校保健分野)の実施成績」
https://www.yobouigaku-tokyo.or.jp/nenpo/pdf/2015/04_07.pdf
ーー今からは想像できないような高い感染率ですね。それだけぎょう虫検査は大事なものだったのですね。
笹倉医師 ところが、化学肥料の普及や下水道の整備など、衛生面のインフラ環境が改善していくに従って、寄生虫卵を持つ人は激減します。1975年には寄生虫卵保有率は3.39%にまで下がっています。また、直近の2014年(平成26年)度の「寄生虫卵保有者」の割合は、
幼稚園児童で0.08%
小学校児童(6歳から8歳)で0.13%
です。ちなみにこの数字は過去最低です。昔は国民病クラスだったのですが、非常にまれなものといえるまで寄生虫症も抑え込まれたわけです。
⇒『文部科学省』「校保健統計調査-平成26年度」「調査結果の概要」
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2015/03/27/1356103_3.pdf
ーーなるほど。ここまでまれなケースになったので検査が義務付けられることはなくなった、と考えればいいのでしょうか?
笹倉医師 そうですね。ただ、気を付けなければいけないのはぎょう虫卵の保有者がいると家族や友人などに感染が広がりやすいという点です。ぎょう虫は発育が早いため(6-7時間)、感染力が強いのです。ぎょう虫感染は確かにレアにはなっていますが、決して根絶されたわけではないという点に注意してください。
ーーありがとうございました。
というわけで、ぎょう虫検査は行われないことになりました。これからの世代はぎょう虫検査未経験の人ばかりになっていくわけです。セロハンを肛門に押しつける検査を知らない人だけの世の中というのも、なんだか寂しいような気が……。
<<取材先の先生のプロファイル>>
笹倉渉
麻酔科標榜医、麻酔科認定医、麻酔科専門医、日本医師会認定産業医。『公立昭和病院』初期臨床研修医。『東京慈恵会医科大学附属病院』麻酔科・助教。『公益社団法人 北部地区医師会 北部地区医師会病院』麻酔科・科長を経て、現『MYメディカルクリニック』院長。
⇒『MYメディカルクリニック』公式サイト
(高橋モータース@dcp)
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