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ファッションビル、映画館、ライブハウス、レコード店……。

数々のお店と人々がひしめき合い、今もなお新たなカルチャーが生まれ続けている街、渋谷。

そんな渋谷にゆかりある方々に「私を作った渋谷 5つの地点」と題し、渋谷にあるお店やスポットにまつわる思い出を語っていただきます。

今回は、雑誌『Olive』でかつて連載を持ち、少女文化やアメリカの学園文化に造詣の深いコラムニストの山崎まどか(やまさきまどか)さん。

ファッションの細部に至るまでの鮮明な記憶からは、山崎さんのこだわりのあるライフスタイルが浮かんできます。

1.必死でUFOを追いかけた『公園通り』

「公園通り」は渋谷MODI付近から代々木公園までに繋がる通りである

1988年5月。高校三年生の時のこと。大学生の男子とスタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』を渋谷パンテオンで観て東急文化会館から出たところで、上空で怪しい紫の光の集合体を発見。

映画の興奮が冷めやらぬ中、規則性を持って動くその楕円形の光を見て、UFOだと思い込む。その動きを追って二人で渋谷の駅前を抜け、更には公園通りをダッシュで駆け抜けた。しかし、代々木公園の入り口まで来たところで、公園内のイベントの照明が曇り空に映っていただけであることが判明。「そんな訳がねーと思ったんだよ!」と男子が怒鳴る。

その5年後、魔が差してその男子と付き合ったが、元彼歴からも抹消したいほどひどい相手だった。これが唯一のいい思い出である。

2.大量のインプットを培った場所『タワーレコード渋谷店』

2007年11月。その頃はまだ上階のワンフロアを占めていたタワーブックスで国書刊行会から出た『ハイスクールU.S.A.』の発売記念トークショーに長谷川町蔵君と出演。この日のための特別篇として冊子を作り、ビデオを編集した。

この時期、確定申告の準備で大量のタワーレコードのレシートと格闘する羽目になったが、その大半がタワーブックスで買った洋書と洋雑誌のものだった。

ここで買った『オール・ストーリーズ』という文芸誌で初めてミランダ・ジュライの短編を読んだ。

私のブログや『ハイスクールU.S.A.』には、タワーブックスで買った雑誌で仕入れた情報に溢れていた。そんな洋書専門店で自分の書籍のイベントが出来て、本当に嬉しかった。緑のリボン・ヒールの靴を履いていった。

3.大ファンだったアーティストはもういない『渋谷公会堂』

渋谷公会堂は現在建替え工事が行われ、2019年11月に新装オープン予定

1994年3月30日。出版社のアルバイトの帰り、思い立って渋谷公会堂に行き、当日券を買ってL⇔Rのコンサートを見た。ツアー・ファイナルだった。

FM横浜の冠番組で知って以来、彼らの大ファンだったのにライブに行ったことがなかったのだ。

この日のコンサートにはNHKのテレビ・カメラが入っていて、NHK-BSで後に放映された。もちろん録画して大事にVHSテープを取っていたはずだが、どこかに行ってしまった。その後、彼らは急激に人気者になった。

次にコンサートを見に行ったのは1997年6月13日。やはりふらっと行って渋谷公会堂の当日券を取った。その二本あとのコンサートがL⇔Rのラスト・ライブになった。

2017年1月。明治通りで黒沢健一さんへの献花の会の長い列に並び、寒さで歯を鳴らしながら全然いいファンじゃなかった自分を呪った。

4.同級生となぜかコント大会へ『渋谷ラ・ママ』

恐らく1986年11月のことだったと思う。文化屋雑貨店でラインストーンの大きなハート型のブローチを買い、それを黒いベレー帽につけた。

それぞれ別々の高校に行ってしまった中学の時の同級生女子三人で、ユニットを組んでライブハウスのラ・ママ新人コント大会に出ることになったので、その衣装である。

テレビの構成作家だというおじさんに声をかけられて、彼が書いたネタを三人でやることになっていた。軽く考えていたが「お笑いスター誕生」で見たことのある芸人さんも出ている本気のコンテストだった。

ダンスの振り付けだけはせっせと練習したが、当日のコンテストでは自爆。全然受けなかった。

「危ないネタを間で救えていないね」と審査員に言われた。何故、出たのだろう。今考えても謎である。ブローチは気に入ったので、そのまま帽子につけておいた。

5.彼と映画デートした『シード・ホール』

かつてシードホールがあった場所は現在「無印良品」となっている

1992年6月。大学生の時。当時付き合っていた彼氏と黒沢清の『地獄の警備員』を見に行った。彼は「何故、会場の大半を占めるのが銀縁メガネの男子ばかりなのか」といぶかっていた。

当時の私たちは黒沢清のことをよく知らず、タイトルとその設定だけで爆笑して、きっとB級の爆笑ホラー映画に違いないと信じて行ったのである。

主演の松重豊さんのことは舞台で知っていた。シード・ホールではその一年後『ジョアンナ』のリバイバル上映を見た。やはり同じ彼氏と行ったが、お洒落な60年代のリバイバル上映ということで、ヴァネッサ・パラディみたいな服の女の子とSTUSSYのTシャツを着た男の子でいっぱいだった。

映画はお洒落だったが演出が弛緩していて、観客は次々と眠りに落ちていた。私も寝落ちした。映画の全容を知るのは、DVD発売記念でジョアンナが特別上映された2011年のことになる。

プロフィール

山崎まどか(やまさき まどか)

コラムニスト。女子文化全般、海外カルチャーから、映画、文学までをテーマに執筆。著書に『オリーブ少女ライフ』(河出書房新社)『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)『イノセント・ガールズ』(アスペクト)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、翻訳書にレナ・ダナム『ありがちな女じゃない』(河出書房新社)など。

Twitter:https://twitter.com/romanticaugogo

※「私を作った渋谷 5つの地点」は、ヒトメボアプリ内ではマップ上で確認いただけます。

(撮影、編集/高山諒+ヒャクマンボルト)

(山崎まどか)
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