ヒトメボ

群馬大学教育学部国語教育講座准教授

斎藤理生

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 『人間失格』『走れメロス』などの作品を残した、日本人なら誰もが知っている近代文学界の巨匠・太宰治。彼はたくさんの名作を残しながら、私生活では数々の女性と恋愛に溺れ、たびたび自殺未遂をくり返し、最後は三鷹の玉川上水で当時の愛人・山崎富栄と心中しました。

 そんな波乱に満ちた太宰治は、どんな恋愛観を持ち、作品に投影していったのでしょう。彼の作品の中には、きっと現代の人たちの胸を打つ恋愛の名言があるはず。そこで、太宰治研究者で、太宰治に関連した数々の論文をお持ちの群馬大学准教授の斎藤理生先生に名言をピックアップしていただきました。

「太宰治(1909ー1948)は、1933年から1948年までの間に、実に150を超える小説を書きました。次々に新しい表現技法にチャレンジした作家ですので、彼の一貫した恋愛観を作品から見出すことはなかなか難しいです。しかしそれは逆に言うと、多くのバリエーションを持つ、ということでもあります。また太宰は、結論を出して説得するタイプの小説家ではなく、問いを出して読者に考えさせることを狙う小説家です。ですから、読者の立場や心情によって解釈が異なるのをよしとしている作家とも言えます。今回は、『走れメロス』『ヴィヨンの妻』『斜陽』『人間失格』といった、メジャー作品からあえていったん離れた愛の言葉を挙げてみました」(斎藤理生先生)

 まずは、太宰の前期の作品から2つの名言をご紹介。

【愛することは、命がけだよ。甘いとは思わない】(『雌に就いて』1936年)

「『雌に就いて』は、男性2人が理想の女性について語り合う物語で、ほとんど会話文だけで進むのが特徴的な作品です。しかし、軽い話しぶりの中に、ふと上記のような真面目な発言が差し挟まれるのが魅力です。2人の会話は「二・二六事件」の日に行われたことになっています。国家を揺るがす事件をよそに、恋愛について語っていたわけです。しかしそれは浮ついた気持ちではなく、『命がけ』であったということ。そこに太宰という作家が重視したテーマがうかがえると思います」(同)

【愛は、この世に存在する。きっと、ある。見つからぬのは愛の表現である。その作法である】(「思案の敗北」1937年)

「こちらも初期に書かれたエッセイです。太宰は、『何を』伝えるかはもちろんですが、『どのように』伝えるかを重視した作家でした。この言葉からも、コミュニケーション、とりわけ愛の表現に関心を払った作家の個性が表れていると思います。太宰に学ぶべきは、どのようにすれば伝わるのか、様々な表現の工夫を凝らしているところにあるのではないでしょうか」(同)

 なるほど。太宰治という超一流の作家でさえ、今を生きる私たちと同じように愛を表現することに腐心していたのですね…。この2作品のセリフから、愛の表現方法を深く考察したということが分かりました。ひとりの男性としての人間味を感じてしまいますね。

(冨手公嘉/verb)
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ライター

冨手公嘉

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