ヒトメボ

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皆さんが子どもの頃、台所やトイレなどに茶色いリボン状の「ハエトリ紙」がつるされていませんでしたか? 油断すると髪の毛にべったりと着いてしまうこともあり、取るのに難儀した人も多いかもしれません。では、あの「茶色のネバネバ」は何だったのでしょうか? いつからあるのかも気になるところです。そこで、ハエトリ紙について調べてみました。

日本では大正時代から使われていた

ハエトリ紙の老舗メーカーであり、現在はマスキングテープなどでも広く知られている『カモ井加工紙株式会社』に聞いてみたところ、ハエトリ紙は大正時代中頃には海外製品が輸入されたり、国内製品が使われたりしていたそうです。しかし海外製品は高価で富裕層しか使えず、当時の国内製品も高額で作りも粗悪なものでした。

そこで「安価で使い勝手の良い製品を」ということで、カモ井加工紙の前身である『カモ井のハイトリ紙製造所』が「カモ井のハイトリ紙」を開発。1923年(大正12年)に販売を開始しました。「ハエ」ではなく「ハイ」なのは、カモ井のハイトリ紙製造所のある岡山県の方言で、ハエのことを「ハイ」と言うからです。

ただし、最初のハイトリ紙は現在のようなリボンタイプではなく、平型で卓上に置くタイプだったそうです。

Photo(C)KAMOI KAKOSHI Co.,LTD. All Rights Reserved.

この平型のハイトリ紙は、現在も少量ながらタイの工場で生産されており、「カモ井の平紙」の名称で販売されています。100年近い歴史をもつロングセラー商品なのです。

おなじみのリボン型は1930年に登場

「カモ井のハイトリ紙」は、企業努力によってうまく販路を確保できたことに加え、販売が開始された翌年に関東大震災が起きたことで、広く使われるようになりました。震災の影響でハエが大量発生したのです。当時の政府が「ハエ取りデー」を定め、衛生運動を行ったことも追い風になったそうです。

こうして多くの家庭で使われるようになったカモ井のハイトリ紙ですが、平紙タイプのため、ぶらさがっているものに止まる習性のあるヒメイエバエには効果がありませんでした。そこで1930年(昭和5年)に生み出されたのが、上からつるすリボンタイプの「カモ井のリボンハイトリ」です。このリボンハイトリは爆発的なヒット商品となりました。皆さんが子どもの頃によく目にしたのも、このリボンハイトリでしょう。

Photo(C)KAMOI KAKOSHI Co.,LTD. All Rights Reserved.

あの茶色のネバネバなに?

ハイトリ紙といえば、あの茶色いネバネバです。ハエ寄せや殺虫のためのどんな成分が含まれているのか気になるところですが、カモ井加工紙株式会社によると、

*石油系潤滑油

*天然樹脂

のみを使っているのだそうです。これをクラフト紙に塗っているだけで、殺虫成分などは使われていないとのこと。子供の頃に頭にべっとりと着いた際、「体に悪影響があるのでは?」と心配した人もいるかもしれませんが、自然素材のため人体に影響はないそうです。ちなみに発売当初の製品では、紙に松ヤニが塗られていたそうです。

「ハエ取り紙の歴史」や「茶色いネバネバの正体」についてご紹介しました。かつては各家庭で見られたハイトリ紙ですが、現在は衛生環境の向上によってハエの数が少なくなったことで、家庭レベルで使われることは少なくなりました。製造量は全盛期の10分の1ほどになっているそうですが、衛生面を気にする飲食店や食品加工所などではまだ多く使われています。また、自然素材のみの「エコ商品」であることも注目され、再評価されているようですから、まだまだ活躍の場は多そうですね。

取材協力:カモ井加工紙株式会社

https://www.kamoi-net.co.jp/

(中田ボンベ@dcp)
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中田ボンベ@dcp

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