0
0.0(0人が評価)
2019.01.06
0
0.0(0人が評価)
2019.01.06
小学生のころ、体育の授業で紅白帽をかぶりましたよね。今も小学生が体育の時間や登下校時にかぶっているようですが、そもそもなぜ「紅白」なのでしょうか? またいつからあるのでしょうか? 紅白帽のアレコレを調べてみました。
まずは紅白帽の起源を調べるために、ラビット印体操帽(紅白帽)を1959(昭和34)年から製造している体操服総合メーカー『株式会社 宇高』に取材してみたところ、
「弊社でも確かな文献等が残っているわけではない」
とのこと。その上で、「真偽のほどは不明ながらもWikipediaに出ている情報が有力な説だと認識している」と回答がありました。
というわけでWikipediaの「紅白帽」のページを見てみると、
「紅白帽は、昭和の中期・後期に活躍した喜劇俳優にして落語家で発明家でもあった柳家金語楼が発案し、実用新案として登録したのが始まり」
とあります。柳家金語楼といえば、名落語家であり、榎本健一・古川ロッパ(エノケン・ロッパ)と並ぶ昭和を代表する喜劇人のひとりとして有名です。ではなぜ柳家金語楼師匠は紅白帽を生み出したのでしょうか?
実は柳家金語楼師匠は、落語家のほかに「発明家」としても有名でした。例えば、爪楊枝の頭の部分に切れ込みを入れて、そこに箸を置くようにするアイデアは、柳家金語楼師匠が考えて実用新案に登録したといわれています。
今回のテーマである紅白帽についても、古くから使われていた紅白のハチマキを見て、紅白が裏表になっている帽子なら便利なのではと思いつき、実用新案に登録したそうです。この発想が見事に当たり、昭和の中期から紅白帽は全国の小学校で使用されるようになったといいます。
ということで、特許情報プラットフォームの「特許・実用新案、意匠、商標の簡易検索」で、柳家金語楼師匠の紅白帽のアイデアが実用新案登録されているかを調べてみました。
しかし、「紅白帽」や「赤白帽」、「柳家金語楼」「山下敬太郎(本名)」「有崎勉(別名義)」というキーワードで検索してみたところ、残念ながら該当する実用新案広報はヒットせず。そこで戦前に登録された「複数の色を使う帽子」の実用新案登録の情報を参考に、1920年〜1960年までの登録を調べたところ、「2色の布を使って一つの帽子にする」というものを複数発見。ただこれも考案者の名前は違っていました。
とはいえ、『笑点』の直前に放送されているミニ番組『もう笑点』で、故・桂歌丸師匠が「柳家金語楼師匠は赤白帽を発明して大もうけした」と話すなど、落語会でもその説は有名なようです。もしかしたら別の人を立てて登録した可能性も考えられますね。
さて家金語楼師匠は紅白のハチマキを参考に紅白帽を思いついたそうですが、そもそもなぜ「紅白」なのでしょうか?
その起源は、源氏と平家の間で繰り広げられた源平合戦までさかのぼるそうです。このとき源氏が白色、平氏が赤色の旗を掲げたといわれています。この紅白に分かれて戦うという「色分け」が後々まで受け継がれ、それが帽子にも反映されたというわけです。運動会で紅白に分かれて競い合うなども、その流れに沿ったものと考えられるのです。
紅白帽の生まれを調べてみましたがいかがだったでしょうか。まさか昭和の名落語家が生み出したものだとは、知らなかった人も多いのでは? 紅白帽は小学校時代に誰もがかぶったものですから、きっと良い「うんちく」になるでしょう。さっそく誰かに披露してみてはいかがですか?
画像提供:株式会社 宇高
(中田ボンベ@dcp)
0comments